
元旦の風物詩として全国の駅伝ファンに注目されている「ニューイヤー駅伝」。
正式名称は「全日本実業団対抗駅伝競走大会」で、実業団のトップランナーたちが100kmを走りつなぐ駅伝です。
1957年にスタートし、長い歴史を持つこの大会が、「なぜ現在は群馬県を舞台に開催されているのか。」と気になっている人も多いのではないでしょうか。
この記事では、ニューイヤー駅伝が群馬で開催される理由を、分かりやすくご紹介します。
ニューイヤー駅伝はいつから群馬で開催されているか?
群馬県でニューイヤー駅伝が開催されているまでの流れを追ってみます。
群馬での開催は第32回大会からスタート
ニューイヤー駅伝は、序盤の30回大会(1986年)までは三重県伊勢市で開催されていました。
その後、第31回(1987年)は滋賀県彦根市へ移り、第32回(1988年)から現在の群馬県で開催されるようになりました。
つまり、群馬での開催はすでに30年以上続いていることになります。
100kmの大会形式は2001年から
現在のように「7区間・100km」になったのは2001年(第45回大会)から。
この年から現在と同じスタイルでニューイヤー駅伝は全国ネットで生中継され、より多くの人に親しまれるようになりました。
群馬県での開催が決まった主な理由
ニューイヤー駅伝がなぜ群馬で開催されたのかをご紹介していきます。
① 群馬は中継しやすい地形
ニューイヤー駅伝は毎年TBSで全国中継。
群馬は関東平野に接しており、赤城山の電波塔から広範囲に電波を飛ばしやすいと言われています。
100kmという長いコース全体をカバーできる地形なので、テレビ中継と相性が良かったんですね。
かつての伊勢や滋賀では、山間部で電波が届きにくい区間があったとも言われ、当時の中継環境とは大きな違いがありました。
② 100kmのコースを設定しやすかった

引用画像:群馬県公式ホームページ
2001年(第45回大会)から現在の「7区間・100km」という形式が採用されています。
群馬県は、前橋・高崎・伊勢崎・太田などの都市が道路で結ばれており、
・道路が広い
・中継車が動きやすい
・安全に管理しやすい
など、大会運営に適した環境が整っていました。
100kmもの長距離を、一本道ではなく大きなループで構成できるのも特徴。
走る側・中継側・警備側のすべてにとって好条件だったと考えられています。
③ 群馬県が積極的に誘致し、地域全体で支えた
ニューイヤー駅伝は元旦に行われる大規模なイベント。
そのため、道路規制や警備など多くの行政協力が必要になります。
群馬県は大会誘致に積極的で、自治体の協力も得られたことから開催が決まったとされています。
その後も、
・交通規制
・警備体制
・地域企業のサポート
など、県全体で駅伝を支える体制が続いています。
初詣シーズンと重なる時期でもスムーズに運営できるように、毎年細かな調整が行われていて、素晴らしいですね。
④ 実業団チームの多くが関東に多い
ニューイヤー駅伝は全国の実業団チームが参加しますが、実業団の拠点は関東に集中している傾向があります。
そのため、群馬を開催地とすることで
・移動の負担が少ない
・宿泊や調整がしやすい
・交通アクセスが良い
といったメリットがあるという点もよく言われる理由のひとつです。
さらに、視聴者の多い関東圏で開催されることで、テレビ中継としてもメリットがあります。
群馬開催が定着した理由とは?
群馬での開催が始まってから30年以上。 その間、コース運営や警備体制のノウハウが積み重なり、今では「元旦といえば群馬で駅伝」というイメージが完全に定着しました。
・走りやすいコース
・観戦しやすい環境
・中継しやすい地形
・地域の協力体制
こうした複数の要素が重なり、群馬はニューイヤー駅伝の開催地として定着しました。
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まとめ
今回はニューイヤー駅伝が群馬で開催されている理由について、解説してきました。
● 中継しやすいと言われる地形
● 100kmのコースを設定しやすい道路環境
● 群馬県と地域の強力なサポート
● 実業団チームの多くが関東に拠点を置くことによる利便性
これからも元旦の群馬を駆け抜けるランナーたちを応援しましょう。
今日もお読みくださり、ありがとうございます。
